中野村で見るいっきの例


 今となっては絶滅しているが、かつての日本には、
いっき(一揆)が度々横行していた。

 仮に中野村という村がある。
例えば、中野村の年貢がいきなり倍になったとする。
勿論、中野村の住民は払えない。
払えないと死罪になるので、
中野村の住民はやられる前にやる精神でいっきを起こす。
ここで注意として、いっきの目的は領主の打倒ではない。
倒しても別の地方から新しい領主が来るだけだからだ。
要は中野村の覚悟を見せつけるためである。
領主側も中野村全員の命を奪うと、
今度は年貢自体が手に入らなくなる。
結果、領主は渋々、
いっきの主導者である中野村の住民の意見を飲む。

 そして、いっきを行う理由は重税だけではない。
特権階級の不満や特産品の規制など、
住民が抱えるフラストレーションが一定値を超えるといっきが勃発する。

 今となってはいっき(クーデター)を起こす住民はいない。
中野村の様に気概ある人間がいなくなったのか、
領主(国家権力)の力が増したのか、または不満自体がなくなったのか…。
もっとも、血を流さないに越したことはないのだろう。